2018年07月24日
5月24日生まれ
鈴木 清順(映画監督)
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1923(大正12)年5月24日、東京府東京市日本橋区生まれ。
1943(昭和18)年学徒出陣で応召。陸軍二等兵として入隊。フィリピン、台湾を転戦し、陸軍大尉で終戦を迎える。1948(昭和23)年、東京大学の経済学部を受験するが失敗する。同じく東大受験に失敗した仲間に誘われる形で、鎌倉アカデミアの映画科に入るが、同年友人の誘いで松竹大船撮影所の戦後第一回助監督試験を受け、合格を果たす。岩沢康徳、佐々木康、中村登らについたのを経て、1951(昭和26)年からメロドラマを得意とした岩間鶴夫のもとで専属助監督を務めた。
1954(昭和29)年西河克己の勧めで日活に移籍してからは、主に野口博志に師事し、1956(昭和31)年、中川順夫・浦山桐郎共同脚本による「勝利をわが手に」を本名の鈴木清太郎名義で初監督。1958(昭和33)年の「暗黒街の美女」で清順に改名し、以後、1959(昭和34)年赤木圭一郎のデビュー作「素ッ裸の年令」、1963(昭和38)年小林旭出演の「関東無宿」、1964(昭和39)年野川由美子出演の「肉体の門」、1966(昭和41)年渡哲也出演の「東京流れ者」、高橋英樹出演の「けんかえれじい」など、モダンで新鮮な色彩感覚と映像リズムによる独自の世界観を作り出し、『清順美学』と称されるほど、一部に熱狂的なファンを獲得。
1967(昭和42)年には宍戸錠主演の「殺しの烙印」を発表するが、日活社長・堀久作の逆鱗に触れ、翌年同社を追われた。1977(昭和52)年、松竹で「悲愁物語」でカムバック。同年から放送されたテレビアニメ「ルパン三世」第2シリーズには監修として携わった。
1980(昭和55)年には内田百間の「サラサーテの盤」を原作とした「ツィゴイネルワイゼン」を完成させ、新方式のテント興行で上映した。この作品は、キネマ旬報ベストワン(これが初のベストテン入賞でもある)、芸術選奨文部大臣賞、日本アカデミー賞最優秀賞作品賞及び監督賞を獲得。ベルリン国際映画祭に出品されるや、国外の映画関係者に激賞され、ベルリン国際映画祭審査員特別賞を受賞する快挙を成し遂げ、国内外で高く評価された。またこの受賞を機に清順が世界的に知られるきっかけとなった。続く翌年の「陽炎座」そして1990(平成2)年「夢二」で大正三部作を完成させる。その他1985(昭和60)年に公開されたルパンシリーズの劇場映画第3作『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』では監督を務めた。
2005(平成17)年には構想20年の大作「オペレッタ狸御殿」を監督。本作が遺作となった。
また山羊ひげの洒脱な風貌で、俳優としても「ムー一族」「美少女仮面ポワトリン」「みちしるべ」「ひまわり」などのテレビドラマや、「ヒポクラテスたち」「不夜城」などの映画にも出演している。
元NHKの花形アナウンサーだった鈴木健二は弟である。
(wikipediaより引用)
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お誕生日おめでとうございます。
Posted by イリー・K at 00:43│Comments(0)
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