2018年04月15日
3月18日生まれ
横山 やすし (漫才師)
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1944(昭和19)年3月18日、大阪府堺市生まれ。
1958(昭和33)年1月21日、中学2年生の時に出場したラジオの素人参加番組『漫才教室』(ABCラジオ)で元々漫才などしたことはなかったがこの番組で才能を発揮。これを契機に漫才師になることを決意する。
1959(昭和34)年、中学を卒業後、共に番組出場した同級生の岡田好弘(後の堺正スケ)と少年漫才師として、揃って松竹新演芸(現在の松竹芸能)に入社。漫才作家秋田實の門下に入り、芸能界のしきたりや漫才台本の書き方を厳しく教わりながら、秋田の弟子・藤井康民によって「堺伸スケ・正スケ」と命名される。デビューから2年後、相方の正スケの廃業に伴い解散。見兼ねた横山ノックからの誘いで内弟子になる。弟子修行の励みぶりをノックが認め『横山やすし』の芸名を与えられ、同時に吉本興業に移籍する。
何度か相方を変えてコンビ結成・解散を繰り返したのち、1966(昭和41)年、西川きよしと「やすしきよし」のコンビ名でデビューする。舞台の中央にあるマイクから離れたりするといったそれまでの漫才には無かった「動き」のスタイルを編み出し、ボケ・ツッコミが激しく交互に入れ替わる独特な「型破り漫才」で結成から1年足らずで第2回上方漫才大賞の新人賞を、5年で第5回上方漫才大賞の大賞を獲得。漫才ブームの到来と共に記録的な人気を博し「やすきよ漫才」として20世紀を代表する天才漫才師と呼ばれるまでになった。
その気性の荒さから飲酒による無免許運転や暴行事件など度重なる不祥事を起こし「最後の破滅型天才芸人」とも呼ばれ、ボートやセスナ機を借金をしてでも購入するなど桁外れに金遣いが荒かった。相方きよしの政界進出した頃からはその行動は更に目立ち、芸能活動を休止・復帰を繰り返し、晩年は吉本興業を解雇され、Vシネマや余興の司会など細々と芸能活動を続けていた。
1996(平成8)年1月21日、51歳で死去。
(wikipediaより引用)
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Posted by イリー・K at 00:33│Comments(0)
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